流れ

日本では良く、時代や人の考えや出来事に流されない様にという言い方をする。34年前に、日本を発った時も、たくさんの大人から言われた言葉の一つであった。日本では通じる言い回しかもしれないが、こちらでは逆であった。

流されるのではなく、置いて行かれるのである。

基礎/土台は根がどっしり生えないと、成長しないイメージがある。根がしっかりしていると幹もどんどん伸びて頼もしい。しかし、最近思うのは、その土台も融通が利く、土台ごと移動出来るものであるべきではないかと云う事である。同じ場所に何かがどんどんつくられて行くのではなく、つくられたものが常に移動し続ける。蓄積ではなく流動的である。

色んな流れがある。時間は常に流れているし、時代の流れもある。自分ではどうしようも出来ない流れもたくさんある。

常に消えて行く舞台での仕事をしていると、守るものもがない。守りたい自分も消えて行く。時は消え何も残さず、今、踊った動きも、発した言葉も消える。だから、一瞬の確実な自分と不確実な自分が居る。

人の心にしか残らない記憶は、どのくらい残り続けるのだろうか。

 

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流れ」への1件のフィードバック

  1. ご無沙汰してます、凄くピンとくるところがありました。
    「根を張る」という考え方は間違っていないけど農耕民族ならでわの考え方だと思います。現代では場所、物へのこだわりは必要ないですね。

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